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 今年、小石川植物園が楽しくて初夏と晩秋と二回行った。イロハモミジの散歩道はインスタ映えの王道中の王道と化して、この間行った時はちょうど色づいていたので撮影が絶えなかった。植物園はひっそりとしていて、土日は親子が多い。広いし落ち着くし、家族が増えるようなことになったら通いたいな、と確かに思う。

 桜が植わっている少しひらけたところに腰を下ろして、ぼんやりと向こうを眺めるでもなく眺める。薬草園が改装中で、敷地の向こうにある公営住宅がよくみえる。なんとなくiPhoneを取り出して、家賃を調べたりしてみる。最近そういうことが多い。まあ修士出てどうするかと苦々しく考えてばかりだったから、自然なことではある。先行きの不安は当然ある。しかしそれはどこかであらかじめ分かっていたことでもある。たぶん19歳の自分は、そりゃそうだろう、と妙に悠然と構えて言うような気がする。むかつく。

 そんななか、まあ2019年と2020年に?なんだか時代の区切りがあるらしいことが先に分かってるのは、まあ見通しがよいなと思う。頑張りようはある。ともかく自分の舞台ができるのは2020年代に入ってからだろう、とは大学に入ったときから思っているので。要するに30代にピークを持っていくという話。力は溜まってきている。

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*隔年開催のジュネーヴの作曲コンテストがYouTubeで観れた。独奏クラリネットを伴うオーケストラ曲がお題で、ファイナリスト3人のうち2人は韓国出身の20代前半。現代音楽も最近は中韓の波が押し寄せている。いやむしろ本来のアジアの波か。

*3作に共通するのは、ヴィルトゥオジテ(第1位が翌年の課題曲になることを思えばまあ当然)、微分音を含んだ和音、うなるクレッシェンド。前衛の世代もポスト前衛も絶え、いまは彼ら彼女らの残した残骸から好き好きにパッチワークをして作品をこしらえる。その傾向はしばらく変わらないだろう。自然倍音を鳴らしてスペクトルとのたまう時代だってとっくに終わっているのだから。

*全体をとおして、現代音楽にはいま問いがない。にもかかわらず問いのなさを誰もが合意できないのは、どこかでまだジャンルの生を信じているからではないだろうか。最近は、虚心に死亡宣告を受け入れるのもありだと思うようになって(ようやく)、虚ろに作品に触れることが多い。かといって絶望しているわけではない。かつて文化の王権を握るまでに至ったジャンルが、1世紀を通して衰退の線を描いたことは、保存されてしかるべきだろうと思うから。すると作曲家という態度は、だんだん墓守のように見えてくる。それかヴィシェフラドの興亡を歌う吟遊詩人か。

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学部に入ってから行った演奏会や芝居のパンフをファイルに入れることにしてる。これで多分7冊目了。ようやく7冊目なんだな。もうU25でもなく、一般料金で通うとなると多少は頻度が減ってしまうかもしれない…。あんまり褒められたものじゃないね。

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今年からハマったものの一つにゴボウ茶がある。なかなか美味しい。これまでコーヒーばっかり飲んでいたけれど、コーヒーとゴボウ茶が半々くらいになった。熱湯じゃないと出てくれないお茶なので、嫌が応にも身体が温かくなる。色々な市販のゴボウ茶を試しているうちに、むしろ自作できないのかなと思い、調べてみたら難しくなさそうだったので作ることにした。写真は第3弾。

洗って土を軽く払い、新聞紙の上に向かってささがきしていく。それでカラカラになるまで乾燥させたあと(これが何日もかかる)、フライパンで少し煙が立つくらいまでじっくり煎る。これで完成。第1弾はビギナーズラック的ななにかでそこそこよくできた。味は普通だけど色がよく出ていた。で、第2弾は大失敗。厚くささがきしてしまったのと、乾燥が足りなかったみたいだと思う。反省を生かして第3弾。そろそろ乾ききってきたかしら。揺らすと音が鳴るのでいい感じがする。

干からびたゴボウはほとんど枯れ枝も同然。見た目には剪定枝チップを煎じて飲もうとしているのではと見える。連合軍の捕虜にゴボウを木の根だと思われて戦犯扱いされた話はデマだったかな。デマだよね。どっちかな。

 

 

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*先日頭がバグって朝から皇居に行った。朝からなので大手町駅を歩いてるときに変な気持ちになったりした。じっくり歩いてみると結構広い土地だなと感じ入り、いろいろと見回っていた。それにしても大火で焼けた天守閣を以後200年以上放置し、中心がなくなったこの街を明治になって改めて中心と据えたのだとおもうと、あらためて東京は変な都市だなという感想が浮かぶポケモンはすごい数でてきた。外国人観光客がとにかく多くて何度か撮影を頼まれた。

*…いや別に、皇居が目的なのではなくて、MoMATの「日本の家」展を観に行ったのだった。戦後住宅建築は何を観ても飽きない。たのしい。死ぬまでに『コアのあるH氏の住まい』とか『白の家』とか入ってみたいし、あれば『中野本町の家』も体験してみたかった。いくつか初見のもので気に入ったものもあった。ぼくはとりわけ、住宅建築の軽さの表現が気に入ってるらしいことに気づいた。なので原寸大で再現されていた『斎藤助教授の家』にはもううっとりするほかなかった。

*展覧会を構成するにあたってフーコーをひいていたので、そこで膝を打ち、後日「ニーチェ、系譜学、歴史」を読んでいた。系譜として考えるという軽やかさ(緻密ではあるものの)をすっかり忘れていた気がする。

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中辺路の牛馬童子像。この夏に突然寄った。本宮にも、新宮にも行った。新宮から名古屋に向かって上ろうとしたとき、熊野の花火大会があるらしいことを知った。へえ、と思ってそのときは通り過ぎたけど、あとでうちに帰ってMacを立ち上げたら、そのときの壁紙こそ熊野の花火大会だった。どこのともわからず「花火 壁紙」とかで検索して拾ったものだったから、合致したときに軽く驚いた。一度行ってみたい。

熊野に寄ったあとで、漂白の思いに駆られてふと中上健次の『紀州』を手に取る。初めて『枯木灘』を読んだときは、和歌山に暮らす祖母の話し声がそのまま活字になっているかのようで仰天したものだが、ここに広がっている聞き書きにもその抑揚の妙を感じる。

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*夏にゲリラ豪雨を案じるようになってこのかた、稲妻を見るとついついカメラを手に取りがち。これは7月中頃。いままでで一番大きく、とても綺麗に写ったもの。こうやって見返しても惚れ惚れする。雷の、というか電流のイメージは大事。電流こそ素早いもののイメージそのものだから。思考が詰まると雷のことを思い浮かべたりする。これはいつもそう。

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*富山、岩瀬浜。一昨年から毎年通うようになった利賀に今夏も行き、その帰りに富山駅で時間を潰そうとおもったところ、トラムでずずずっと北上すると海まで行けちゃうみたいだとわかり、それで思いついて即浜辺。東京は雨だらけの変な夏だったなか、こうして首都圏を離脱してぼけっとしていると狂ったアタマも胃袋もほどかれていく。

 海水浴は数えるくらいしか行ってない。小さいころ父の会社の社内行事かなにかで大洗まで行って地引網をしたことは覚えてる。網に絡みついた小魚がいて、おじさんが手際よく頭をちぎって投げ捨てたのがなんだか記憶にこびりついて離れない。

 でまあ海に来ても何しようかな…という感じになる。裸足になって火傷しそうになったりしてアワアワしたあと、持っていたレコーダーを取り出して波打ち際ギリギリまで寄ってしばらく録音 をしてみた。海はしずかで、波の音に干渉してくるノイズがないから、小さな泡が弾ける音までよく聞こえる。波がなければ無響室みたいだと錯覚すらする。ここはれっきとした海水浴場で、instagramを開けば水着とSnowとGoProが無限に繰り広げられている。だけど月曜の午前中だからか、遠くにみえる二人の釣り人を除いて誰も居ない。

 海沿いに住む音楽家はさぞ音の聴き分けがいいだろうな、と唐突に思う。街中に暮らしていると建物やらなにやらが有象無象の反響板となって、出どころもしれない大量の物音を浴びせてくる。それを遠くにやり過ごしながら自宅で横になってたりすると、あたりがうるさいんだか静かなんだかわからなくなってくる。海水が音を吸収するんだろか。あまりの静けさにしばし呆然として、録音も長くなってしまった。

*このブログ4年も経ってる。そんな前に始めたとは思ってもなかった。twitterをはじめ各種SNSは定期的に内容を見返して削除しているので(これも小心者ゆえ)、まとまった年月の自分を見返すとなると、俄然このブログが良い感じに見えてくる。まあブログだって作っては止めの連続なんだが。

 アーカイヴが厚くなってくると妙にそわそわしてくるのは、古い自分の投稿がおそろしいからか。これらすべてが一人の同じ人物から発せられたことに卒倒しかけちゃう。つくづく無責任である。しかしうまく忘れてみたり、思い出す気分を削いでやる術もまた必要。浜辺で撮ったこの写真を眺めるとそういうことを思ったりする。浜辺には余計な音がなかった。水に歴史はないんでしょう?

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 この冬は大半の時間アルベニスと一緒に過ごしてる。

この作曲家の書く作品はとにかく触覚に訴える。『イベリア』や『ナヴァーラ』のそこかしこに撒き散らされてる手の左右の交差は、譜読みの面倒くささとは裏腹に、和声構造を手の置き方で示してくれるので、たとえば複雑珍妙な内声もスラスラと腹に入れることができるし、和音ごとに肝になっている音もすぐ突き止められる。それを弾いてみると、こんどは手の交差が和声の透明な響きとして作用する。右手で一気に弾くのではなく、真ん中の音だけ左手で弾いてもらう……たったそれだけなのだけど、その効果は絶大。要するに打鍵のための力を巧妙に操作しているわけだ。このあたりに、アルベニスがとても厳格な和声の教育を受けたらしいことをうかがわせる(たぶんその教育は、ダブルシャープ/ダブルフラットの濫用、臨時記号規則の墨守という副作用もともなっているはず)

アルベニスは、たとえばバッハ、ベートーヴェンワーグナーなどといった作曲家たちの系譜とは外れる。近い作曲家といえばおそらくリストやショパンだが、むしろたぶんスカルラッティをその祖先として見出した方がいい。観念的な音響空間のなかで聴くのではなく、どちらかというと音響を手の感触で感じていくタイプの作曲家たちの系譜。そう考えるとジャンケレヴィッチが『遥かなる現前』でしばしばムソルグスキーの名前を併記しているのは合点がいくところ。アルベニスムソルグスキーは、触覚という点では光と闇の関係にあるようにおもう。音を指先との接点において際立たせるアルベニスと、指先を網膜のようにして音(楽)を視ようとするムソルグスキー。個人的には演奏のヴィルトゥオジティについて考えようとするときは、この点にしか興味が湧いてこない。そしてその観点は、特に第二次大戦以降急速に忘れられている気がしてならない。(高橋悠治のような際立った例外がいるにしても。)僕の音楽的鉱脈はどうやらこの辺にあるらしい。

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