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三善が鬼籍に入った。

小学校のころ弟が「海の日記帳」のなかの曲を練習していて、お洒落な曲だなあと思ったのが最初の出会い。二度目の出会いは高校の頃、吹奏楽で。全国大会のCDで交響三章を聴き、洗練された語法とサウンドに圧倒され、すぐさまスコアを買いにヤマハへ行った。その勢いのまま三善の他の作品(特に合唱曲の数々)に触れ、戦後日本の芸術音楽のあゆみも追うようになり、図書館に行っては武満や矢代、黛、松村、一柳、伊福部、西村…などのCDを借りて聞くようにもなった。高1の秋には「レクイエム」「詩篇」「響紋」の三部作が入ったCDを借り、その日の晩におんぼろのコンポで聞きながら鬼気迫るクライマックスの連続に茫然としていた。

自分にとってもなじみのある作曲家だったが、twitterを見ると合唱・吹奏楽経験者を中心にとても多くの人が悼む言葉を投げており、やはり重鎮だったのだなあとその存在感を改めて知る。

第二次世界大戦を経て一度崩れてしまった日本の芸術文化のなかに分け入って、日本語の音楽をもう一度つくろうと取り組んだ、まさに日本の作曲家だった思う。そういえば去年Promsか何かで日本の作曲家特集があったときにも、メインに「連禱富士」が取り上げられていた(そのほか望月、藤倉、武満、西村というラインナップだったか)。日本語の声楽作品を書くにあたっては、三善の歌曲は古典だった。「日本の現代音楽」と呼ばれた作曲家たちを、自分なりに評価して位置づける作業をしないといけない。

戦後を賑わせた世代がだんだん姿を消していく。デュティユーと同じ年に亡くなったのもなにかの因縁だろうか。合掌。

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