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*すこすこと編曲作業中。密かに心待ちにしていた金管アンサンブルの依頼が来たので楽しい気持ちでやっている。けど数の多いバリチューてどんな音するんだろ。。ていうかそれ以前にこのペースで作業やっていると完成よりも卒業が早く来てしまうおそれが。やばい。

*楽譜作成ソフトに関する覚え書き。Sibeliusを導入してもう2年くらい経つけれど、まだ上手く使いこなせている感じがしない。いくつか理由が考えるのだが、個人的には記号を入れる感触の違いが最たるものかと思う。ジジ臭い意見で申し訳ないけれど、ある音符や休符を入力したとき、手で書いたときと比べて記号を入れたことへの自負が持ちにくい。手書きでも消して書き直すことはある程度出来るが、対してソフトの場合は無限にコピペが出来るし画面上でいくらでも直せるわけで、逆に言うと、仮に必要な記号を全て入力したとしても、入力した個々の記号からは、なにか暫定措置で置かれているに過ぎないというような仮としての感触がフワフワと漂っているように思われる。一度全ての作業を終えたあとならある程度その感触からは離れられるのだけど、作業の途中だったり保存して一度閉じたものを再開するときになると、この仮の感触は強く感じられて急に直したい気持ちが襲ってくる。これはなかなか辛い。

*(続) 書いたところを直したくなるのは手書きでも同じなのだけど、消しゴムで消して鉛筆で書き込んでを繰り返していくと必然的にその直している部分が汚くなってしまい、直した痕跡として残ってしまう。ソフトにはそういう痕跡が刻まれにくい。だから頭で認識し続けていなければならなくて、これがとても作業を困難にする。ソフトで楽譜を作るときは、手書きとは別の頭の使い方をしないといけないので、結局手書きと同じくらい時間と手間がかかる。

*(さらに続) あと基本的な誤解で、別にソフトを使ったからといって楽譜が綺麗に見えるということはない。ソフトで作った汚い楽譜だってけっこう出回っている。記号の配置やサイズがおかしかったり、五線や五線同士の間隔がおかしかったり、例を挙げればきりがない。汚いということはクセがあるということでもあり、仮に美しい書体を使ったとしても、それがクセを消す役割を果たすわけではない。楽譜の「見え」に対する感覚はいつも鋭くしておくべきで、ソフトが見違えるように楽譜を美しく見せてくれる、と短絡的に認識してはいけない。

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