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*富山、岩瀬浜。一昨年から毎年通うようになった利賀に今夏も行き、その帰りに富山駅で時間を潰そうとおもったところ、トラムでずずずっと北上すると海まで行けちゃうみたいだとわかり、それで思いついて即浜辺。東京は雨だらけの変な夏だったなか、こうして首都圏を離脱してぼけっとしていると狂ったアタマも胃袋もほどかれていく。

 海水浴は数えるくらいしか行ってない。小さいころ父の会社の社内行事かなにかで大洗まで行って地引網をしたことは覚えてる。網に絡みついた小魚がいて、おじさんが手際よく頭をちぎって投げ捨てたのがなんだか記憶にこびりついて離れない。

 でまあ海に来ても何しようかな…という感じになる。裸足になって火傷しそうになったりしてアワアワしたあと、持っていたレコーダーを取り出して波打ち際ギリギリまで寄ってしばらく録音 をしてみた。海はしずかで、波の音に干渉してくるノイズがないから、小さな泡が弾ける音までよく聞こえる。波がなければ無響室みたいだと錯覚すらする。ここはれっきとした海水浴場で、instagramを開けば水着とSnowとGoProが無限に繰り広げられている。だけど月曜の午前中だからか、遠くにみえる二人の釣り人を除いて誰も居ない。

 海沿いに住む音楽家はさぞ音の聴き分けがいいだろうな、と唐突に思う。街中に暮らしていると建物やらなにやらが有象無象の反響板となって、出どころもしれない大量の物音を浴びせてくる。それを遠くにやり過ごしながら自宅で横になってたりすると、あたりがうるさいんだか静かなんだかわからなくなってくる。海水が音を吸収するんだろか。あまりの静けさにしばし呆然として、録音も長くなってしまった。

*このブログ4年も経ってる。そんな前に始めたとは思ってもなかった。twitterをはじめ各種SNSは定期的に内容を見返して削除しているので(これも小心者ゆえ)、まとまった年月の自分を見返すとなると、俄然このブログが良い感じに見えてくる。まあブログだって作っては止めの連続なんだが。

 アーカイヴが厚くなってくると妙にそわそわしてくるのは、古い自分の投稿がおそろしいからか。これらすべてが一人の同じ人物から発せられたことに卒倒しかけちゃう。つくづく無責任である。しかしうまく忘れてみたり、思い出す気分を削いでやる術もまた必要。浜辺で撮ったこの写真を眺めるとそういうことを思ったりする。浜辺には余計な音がなかった。水に歴史はないんでしょう?

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